ちょっとまじめな話~②
2024-10-11
みなさま、こんにちは。ベテランのAです。
寒くなりそうでそこまで冷えず、10月としては穏やかな日々が続いていますね。
今回も、前回の健康の話に続き、ちょっとまじめな話。
(私のまじめシリーズは今回で最後となります。今後はこれまで通り、ふざけていきたいです。)
前回の健康のお話の中で、『一人一人、基礎体力も生まれつきの骨格も健康状態も違う』というお話をさせていただきました。
そのため、万人にスローボールを投げたような一般的な健康法というのは、すべての人に効果を出さないどころか、場合によってはコンディションを悪化させてしまうことがあるという内容でした。
『自分の体の声を聞く』
これに勝るものはありません。
これに当てはまる議論がもう一つあります。
小中学生の『不登校』問題です。
私は個人的に、市内やオンラインで教育や子育てに関する講座を開催していますが、その中でこのような質問を受けることがあります。
子どもが学校へ行きたくないと言った時、
『行きなさい!』が良いのか、それとも『無理して行かなくていいよ』でいいのか。
他にも、再登校を目指すべきかどうかという議論もこれに当てはまります。
私の回答としては、
子どもの数だけ道がある
ということです。
一人一人生まれつき性格も特性も違う。
どんなことに心を躍らせるのか、興味・関心も違えば、学ぶスピードも異なります。
決められた道を歩いていくのが心地よい子、自分のペースで学びたい子、聞くよりも手や体を動かしている方が学べる子・・
そのため、『学校へ行きたくない』に至った要因も様々です。
ある子は、少し心と体を休める時間が必要なのかもしれません。
ある子は、少し背中を押してほしい時なのかもしれません。
ある子は、もっと自分に合った学び方が必要なのかもしれません。
これらは、『行くべき・行かなくてよい』の2択で片づけることはできず、その子その子と向き合うことが大切になります。
対応によってはかえってその子の精神状況を悪くしてしまうかもしれない。
一方で、『行かなくていいよ』がその子の成長のチャンスを奪ってしまうかもしれない。
指南書のような本はありますが、正解などなく、保護者や学校が『その子自身』を見つめて対応を考えていくしかないのです。
それはとても難しいことです。
当事者になると、想像よりずっと難しいことが実感できます。
その時それが良いのかもわかりません。それも、その時の対応が合っていたかどうかわかるのは数か月後だったります。
しかし、子どもと向き合う上でこれだけは大切にしてほしい、ということが1つだけあります。
それは、社会的にこうあるべきという姿をベースに対応を考えるのではなく、
社会的なことや『親や学校のこうあってほしい』という気持ちを一旦隅に置き、その子自身を見つめることです。
不登校は決められた線路の上を走っていくわけではないので、親子共々挑戦の日々となります。
しかし、子ども、さらに保護者が自分自身と向き合うことで、自分達の自分達らしい新たな線路を作っていくことができるのです。
それがもしかしたら、この先の時代に必要なものなのかもしれません。
さて、今日は金曜日。
明日から3連休!という方が多いのではないでしょうか。
良い週末をお迎えください。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。